チェクポルレ⑰ 児童文学
☆ 金松伊『낫짱이 간다(夏ちゃんが行く)』(보리)
以前は灰谷健次郎・今江祥智・上野瞭・しかたしん(『国境』)・赤木由子(『二つの国の物語』)・乙骨淑子(『ぴいちゃあしゃん』)など,児童文学のジャンル(ジャンル分けなどどうでもいいが)の本もよく読んだが,最近は時間的に無理になった。それでも金松伊(김송이 キム・ソンイ)の上記の本は,韓国語で出版されたものだから読まないわけにはいかない。
副題は,「차별에 맞선 조선 아이 낫짱 이야기(差別に立ち向かう朝鮮の子供夏ちゃんの物語)」となっているが,これに惹かれたわけではない。キャッチコピーとしてこうなるのは理解できるが,ステレオタイプな表現には鼻白む面がある。こんな風に一面的に割り切れるものなら,文学という体裁をとる必要はないのだから。こういう反発も本文を読めば吹っ飛ぶ。
さて,作者は大阪で生まれ,中学卒業までは「金本夏江(カネモトナツエ)」を名乗り,その後は朝鮮高校に通って「金夏江(김하강 キム・ハガン)」となり,大学の時に自分の意思で「金松伊」に変えたそうだ。そして自分をモデルとして,小学校3年生の少女の生活を展開したのがこの小説だ。したがってタイトルは「夏ちゃん」と表記するのか「ナツちゃん」とする方がよいのか分からない。
『はだしのゲン』の韓国語への翻訳者でもあり,当然日本語は自由自在に扱えるにもかかわらず韓国語で執筆し韓国で出版したのは,日本語では創作活動をしたくないという信念があるのかと推察される。
児童文学だから,韓国の小学校低学年でも読めるはずだが,思ったほどすらすらとは読めなかった。日本人が朝鮮語を学ぶのに,生活から接近したのでない場合は,罵詈雑言とか悪態(욕설=辱說)に馴染みが薄く,オノマトペの類のボキャブラリーも乏しい。また,パンマル(タメぐち)の問題も影響しているかもしれない。最近はそうでもないが,なにしろ学び始めた頃はもっぱら丁寧語であったから,関川夏央が『ソウルの練習問題』で書いているように,「路傍のイヌにもていねいに話しかけたりする」状態が続いた。未だになかなかぞんざいな表現には慣れない面がある。
むしろ新聞の社説や漢字語の多い所謂硬い本なら楽に読めるから,児童文学ならあっという間に読めるという錯覚が生じていたのかもしれない。その国で実際に生活せずに外国語を習得しようとすれば,こういうことが避けられないのだろう。逆に言えば,色々なジャンルのものを読めば訓練にはなるということだ。
舞台は大阪だが,朝鮮人多住地域ではなくクラスに2人(実際には1人--このことは後半で明らかになる)だけで,いじめ・からかい・嫌がらせの絶好の対象となる。それに真正面から立ち向かっていく正義感溢れた女の子。何しろ「女番町(여자 깡패=ヤクザ)」というあだ名を付けられる位で,一歩もさがらない。もっともこのあだ名は,日本語ではどちらかというと「女ガキ大将」が適当かもしれない。ある意味では痛快で,とても「癒し系」というような甘っちょろいものからは程遠い。
作者の記憶力の素晴らしさには驚嘆するが,記憶力だけで文学作品が書けるわけではない。それがいろいろな場面で的確な表現で再現・再構成されているからこそ,読む側に伝わってくる。ただし,時代的な背景は同世代人としては非常によく分かるが,若い読者にはピンと来ない部分があるかもしれない。
特に印象的だったのは,鶏肉屋に鶏の頭を買いに行く場面の少女の心理。あるいは,今なら「よいこの皆さん,決して真似をしないように」とでもなりそうな汽車の線路の下の部分に隠れる冒険遊び。姉として妹をかわいがりよく面倒は見るものの,意地悪をしたくなる微妙な感情。こういったエピソードをはさみつつ,読者をぐいぐい引っ張っていく膂力あるいは馬力は凄い。挿絵も当時の町並みの雰囲気がよく出ていて,躍動感もあって内容とマッチしている。
そしてあくまで,いじめる側の有力者や裕福な家庭の息子たちとの対決を太い筋として進行し,児童文学として欠くことのできないストーリーの展開の巧みさを備えている。
いくつかの場面で涙が滲んだが,個人的にはその意味が気になる。恐らく映画『帰らざる密使』を見たときのものと類似していて,単純に少女の側に立って憤るのではなく,その悔しさを共有できないもどかしさや腹立たしさといったものが混じっている。自分はいじめる側には回らないと嘯いたり,ひたすら悔い改める贖罪意識なんぞとは無関係だ。
このような一読に値する作品が,現在は韓国語でしか読めない。韓国語を学ぶ人が教材として使用することも考えられるが,誰か日本語に翻訳して出版してくれればより多くの人が読めるのに。
☆ 『洪吉童』
『夏ちゃんが行く』の挿絵を担当しているのが洪永佑(홍영우 ホン・ヨンウ)で,個人的には非常に懐かしい名前だ。20年以上前に日本で出版された全篇ハングルだけの『홍길동(洪吉童 ホン・ギルドン)』(조선청년사=朝鮮青年社)という絵本の作者である。もちろん有名な許筠(허균 ホ・ギュン)の『홍길동전(洪吉童傳)』を子供向けの絵本にしたものだが,その絵がなんとも味がある。
こういう形で出版される時代があったということは記憶しておいていい。
結末の部分が原作と少しずれている所もあるが,子供向けということもあるだろうし,それ以上に作者が作品に込めたかったメッセージということでもあるだろう。これはこれで説得力はある。
話そのものは林巨正・張吉山と並ぶ三大義賊のひとりである洪吉童の生涯である。山田風太郎の忍法ものや白土三平の『忍者武芸帳』の分身の術を連想させる部分もあり,映画やアニメなどさまざまに取り上げられているヒーローだ。しかし単なる娯楽作品というより,「活貧党」を率いて僧侶・貴族・役人などを懲らしめる内容が,現実の政治の不正・腐敗とリンクするからこそ歓迎されるのだろう。
韓国で出版されている児童文学に関しては全く知識がないから,これから少し挑戦してみようとも思うが,ちょっと荷が重そう。


























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