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韓国の歴史

文化・芸術

2008年12月 9日 (火)

日本 vs. 韓国

☆ オリンピック・アジア大会のメダル獲得数

どんな分野であれ,日本と韓国が競い合う場面で,日本人にとっては競っているという意識が希薄でも,日本にだけは負けたくないと思う韓国人は極めて多いようだ。ひょっとすると,大半がそうだといえるのかもしれない。

オリンピックのメダル獲得数の合計は,1984年までは日本が圧倒的に優位であったが,1988年のソウルオリンピックで逆転し,その後2004年を除いて韓国の方が多い。韓国は6大会連続で国別ランキングの10位以内に入っている。

一方,アジア大会の金メダル獲得数を見ると,1978年までは日本がずっとトップであったが,1982年に中国・日本・韓国の順になり,1986年(これも開催地はソウル)以降6大会連続で中国・韓国・日本の順が続いている。

中国には敵わないという意識があるのか,日本にさえ勝てばそれでいいのか,このようなメダル獲得競争に関しては余裕を見せている。それ以外のサッカー・野球・囲碁なども,韓国のほうが実力上位と韓国人は捉えているだろう。

そのような韓国が日本に及ばずに,それこそ韓国人が歯軋りしそうなものに,ノーベル賞受賞者数とG7(G8)への参加がある。

☆ ノーベル賞

ノーベル賞受賞者は2008年を含めて,日本が15人(米国籍の南部陽一郎を除く)で,内訳は物理学賞6,化学賞5,医学・生理学賞1,文学賞2,平和賞1である。一方韓国は,2000年の金大中の平和賞1人だけである。しかも,韓国人はこの金大中の受賞に対して,それほど誇らしげではないような印象を受けることもある。平和賞は他の部門とは意味合いが違うと考えられているのも一因かもしれない。佐藤栄作の受賞に対する日本人の冷ややかな反応と比べるのはいささか不当だろうけれど。

ある韓国の新聞のコラムによると,韓国人の心情は次のようになるのだろうか。
--今年も韓国人受賞者がないまま,ノーベル賞の季節は過ぎた。韓国も今では,文学や科学の各分野で世界的に認められるようになったと感じているだけに,韓国人の失望は大きい。しかも日本人が3名も受賞したから,失望は一層大きくなる。最も近い国である日本と色々な面で均衡が築かれなければならない。(京郷新聞,要旨)

TVのニュース解説では,日本と韓国の基礎研究につぎ込む予算の差に言及していたが,日ごろ日本人の猿真似文化を嘲笑しているのと話が合わない。しかも,基礎研究の重要性というより,いかにしてノーベル賞受賞者を輩出するかに力点が置かれていて,何か本末転倒の感は否めない。

☆ G7(G8)

李明博(이명박)大統領の主要目標として「747成長公約」がある。これは,経済成長率7%・1人あたりのGDP(国内総生産)4万ドル・世界7位の経済大国を意味する。7位ということはロシアを除くG7を意識したものであろう。そしてこのような目標は国民に支持されていて,李明博人気に繋がったと考えられる。

韓国の現在の1人当たりのGDPは2万ドル程度で,日本が3万数千ドル程度だ。またGDPそのものは,日本が世界第3位,韓国が12位であり,この順位を1桁にしたいようで,順位が1つ上がったり下がったりするだけで韓国では話題になるようだ。G20の財務相会議の流れで,最近の金融サミット(G20緊急首脳会議)に参加したことで,韓国人はちょっぴり満足したのではなかろうか。

日本人はこういう順位や数字に弱いのか或いは無頓着なのか,知識を持たない人間がかなり多そうだ。だから韓国人が具体的な数字を挙げて話し始めると,敬意を表するよりはむしろ腰が引けてしまう。

以上見てきたことは,韓国人の根本にある儒教の強烈な上昇志向と体面重視が影響していると思える。ネズミ講(無限連鎖講)にたとえるのは不謹慎だけれど,エッシャーの「滝」や「上昇と下降」あるいはシェパードの無限音階を連想して危うさを感じる。

それにしても,韓国人の気質が「東洋のイタリア人」つまりラテン系民族の陽気さに譬えられて,韓国人の心がくすぐられているのが理解し難い。日本人の感覚では,陽気であれば順位なんぞ気にしないと思えるから。もっともイタリアも地方によってかなり異なるらしいし,一面的でなくても差し支えないわけではある。

2008年6月14日 (土)

斷髮令と自殺率

☆ 不敢毀傷孝之始也

日本では,1871年(明治4年)に明治政府の太政官布告で「散髪脱刀令」が出され,1873年には明治天皇も散髪をしたそうだ。その前後を比較できる写真でもあればいいのに。

一方朝鮮半島では,1895年に金弘集(김홍집 キム・ホンジプ)内閣による急進的な内政改革の1つとして,상투(サントゥ)[椎結とも表記される既婚男子の髪型]を切るようにという「斷髮令」が強行される。

しかし,身體髮膚受之父母(신체발부수지부모),不敢毀傷孝之始也(불감훼상효지시야)--身体髪膚は之を父母に受く,敢えて毀傷せざるは孝の始めなり--という儒教の教えが根強く,斧を担いで行って,「たとえこの首を刎ねられようとも,この髪は切ることができない」と上訴した学者までいたという。投獄された崔益鉉(최익현 チェ・イッキョン)も同じ趣旨のことを言ったようだ。

また乙未事件(閔妃暗殺)の直後でもあり,日本が背後で操っているのだろうという反発から義兵闘争に発展して,結局この「斷髮令」は中止された。そのときの合言葉が「頭可断,髪不断」(頭絶ツベシ,髪絶ツベカラズ)というものだったそうだから,抵抗の強烈さがうかがえる。

☆ 自殺率

『外貌至上主義』や『成形大国』でも触れたが,このように髪の毛1本でも粗末にするのは不孝という儒教の教えが強い韓国で,成形手術肯定派が圧倒的多数であるのは不思議だ。

それ以上に不思議なのは,苦労をして育ててくれた両親を旅行に送り出す 효도관광(孝道観光)という言葉があるくらい「孝」を重要視する韓国で,髪の毛どころか自殺など不孝の最たるもののはずだが,最近では自殺率は極めて高い。

日本では,この10年ほど毎年3万人以上が自殺していて,先進国の中ではトップクラスである。そのこと自体も驚きであるが,交通事故死者数に対するほどには国民が関心を示さないようなのがもっと驚きだ。

それに対して韓国の自殺率は最近になって急上昇し,2004・2005年は日本を抜いてOECD諸国で最高値を示している。「韓国人は,なんでも1番にならないと気が済まないから,自殺率も離婚率も世界1を目指しているのだろう。」と,韓国人の友人をよくからかった。というのも,オリンピックなどでメダルを取っても,それが金以外であれば浮かぬ顔をするのは韓国選手といわれるくらい順位に拘る国民だから。

☆ 離婚率

話のついでに離婚率と合計特殊出生率を見ておこう。
韓国の離婚率はどんどん上昇し,2003年には世界第3位,アジアではトップになった。合計特殊出生率は2006年には日本を下回って世界最低を記録した。

これらのことから,韓国社会の急激な変化が起こっていることが読み取れて,目が離せない。しかも過激なのが特徴と思える。

2008年3月 2日 (日)

成形大国

☆ 儒教の国・韓国

韓国人が外貌(외모)を重視する点では,日本人よりもかなり甚だしいと断言できるように思える。当然,イケメンに当たる表現としてオルチャン(얼짱=얼굴이 아주 잘 생긴사람),ムキムキに当たる表現としてモムチャン(몸짱=몸매짱)があり,実年齢との落差を競う童顔コンテストまであるぐらいだ。日本のダイエット熱とどっちもどっちとも言えるが,韓国人は1つのことに邁進(猛進?)する程度が半端ではないから,どうしても日本人より甚だしいという印象になってしまう。

そして,そのためには金も時間も惜しまないようだ。そうすると,整形手術(성형수술 成形手術)に走ることになるのも当然の帰結と思える。

自分自身の感覚からすると,親からもらった身体を改造することに対する抵抗感がある。そして,それは儒教(유교)の影響と受け止めている。신체발부 수지부모(身體髪膚 受之父母)という表現があるから,そうなんだろう。そうすると,儒教の国である韓国でなぜ整形手術に対する抵抗感が希薄なんだろう? 韓国での各種アンケート調査(설문조사)の結果によれば,実際に手術を受けた人の割合はかなり落ちるとはいえ,整形手術肯定派が圧倒的だ。

こういうときに,韓国人なら具体的な数字を挙げるだろうが,統計学を少しは学んだから,母集団とか有意差とかが気になって,数字でとやかく言うことを躊躇ってしまう。大雑把に言えば,肯定派は80%以上だろう。

1つの解釈として,儒教の強烈な上昇志向が考えられるのではないだろうか。つまり,成り上がることをすべてに優先させると考えれば説明はつく。日本における儒教の受容は,「忠」を前面に押し立てた支配の道具として利用され,従って表面的で形式的な印象があるが,韓国人の暮らしに根付いた儒教精神は日本人には理解しにくい面があり手強い。

☆ 先進国家(선진국가)

韓国に居たとき,先進国(韓国では先進国家ということが多いようだ)という単語をよく耳にした。例えば,韓国の将来進むべき方向というような話題のとき,この言葉を口にする人が多かった。中国・ロシア・日本という「大国」に囲まれた韓国が埋没しないためという点もあるし,南北統一が実現すれば,経済的に破綻した「兄弟」の面倒を引き受けざるを得ない立場から,更なる経済発展の必要性を主張する人もいて,健気とも映った。

この場合,何を指して先進国と判断するのかは曖昧ではあるが,GNPなりGDPの世界ランキングを具体的に言及するケースにも出くわした。「サミット」への参加も意識しているように思える。そこには勿論日本への対抗意識も充分に感じられる。

「日本人は,自分の国を先進国だとそれほどいつも意識しているわけではないし,まして世界で何位ということに一喜一憂したりしないよ。」と言えば,「それは,持てる者の余裕であって,持たざる者の心情は理解できないんだ。」と言い返される。

「日本人から見れば,韓国は既に充分先進国じゃないか。」と言っても,慰めと受け取られてしまう。第二グループでは満足できないと言いたいようだ。

日本と同様に資源貧国である韓国が,具体的に力を入れているのは,いうまでもなくIT関連産業であろう。しかし,観光・映画など可能性があるものは何でも貪欲に外貨獲得を目指すという雰囲気が感じられ,整形手術もその1つと位置づけられているようだ。実際には,まだまだ外国人よりも内国人で栄えていると言う事実は否定できないけれど。

「成形大国」はイメージとしてピンとこないが,それほど危機意識が日本よりもはるかに強く,そんなのも有りかと妙に納得してしまう。

2008年2月17日 (日)

京畿道安城市(경기도안성시 キョンギドアンソンシ)

☆ 安城

安城の青龍寺(청룡사 チョンニョンサ)が男寺党の発祥の地というのは俗説らしい。しかし,そこを根拠地に活動するようになったのは確かで,特にパウドゥギ(바우덕이)という女性リーダー(女性のリーダーというのは空前絶後!)のころが全盛だったという。

ソウルから高速バスで1時間ちょっとで京畿道安城市に着く。そこからシティーツアーバスに乗り換え,安城3・1運動記念館やカトリック(천주교)教会など数箇所を見学して,夜に男寺党公演になる。その日は空模様が怪しく,屋内の体育館であるのかと心配したが,どうにか雨にはならず屋外で行われた。30メートルほど(?)の正方形の土のグラウンドの周りに,階段状の見物席がある。綱渡りの綱はその正方形の対角線上に張られるから,どの席からもよく見えるようになっている。

農楽と綱渡りは,以前にソウルの南山コルで見たのと水準は大差なかった。強いて言えば,南山コルで見られた非常に長いサンモ(상모 象毛)がなかったことぐらいか。

綱渡りは,南山コルの演者は中年の男性で,安城では極めて若い女性(女の子と呼べそうな)だったから,素人考えでは後者が今後経験なりを積めば技術的には凄いかなと思えた。

また,おひねりを手渡したりする雰囲気にデジャビュを感じた。

綱渡りとくると,大ヒット映画『王の男』を思い浮かべる人が非常に多いようだが,この映画は,ソウルで暮らしているときにテレビの再放送を断片的に見ただけで,見たとはいえない。

見ない理由ははっきりしている。時代劇(사극 史劇)に対する抵抗感があるから。「民族主義」の衣の下から,「国家」(勿論,当時のではなく現在の国家なり政治権力)の鎧が見え隠れどころかもろに見えるのを好きになれない。チャングム何とかも見たことはない。そもそもほとんどKNTVしか見ないから,どの放送局でしていたのかすら知らない。

例外は『春香伝(춘향전 チュニャンジョン)』で,申相玉(シン・サンオク)監督のミュージカル『愛,愛,わたしの愛(사랑 사랑 내사랑)』も,林權澤(イム・グォンテク)監督の『春香伝』も見たし,パロディードラマ『怪傑春香(괴걸춘향)』まで見ている。おまけに,舞台となった南原(남원 ナムォン)まで行った。見るものは何もなかったけれど。

☆ アンソンマッチュム(안성맞춤)

安城のツアーバスは「安城鍮器博物館」に立ち寄る。以前からアンソンマッチュム(안성맞춤)という慣用句が,(お)誂え向きという意味だということは知っていたが,アンソンが地名だという以外に謂れは分からなかった。それがこの博物館でやっと分かった。

安城は昔から鍮器(유기 ユギ)で有名なところだ。鍮器というのは真鍮製の器であるが,真鍮(黄銅)は銅と亜鉛の合金で,それぞれの含有割合によって色や硬度が変化するらしい。ある本には,銅と錫の合金とされているが,それなら黄銅ではなく青銅ということになる。昔の鍮器と現在安城で生産されている打ち込み式のものとで,原材料が異なるのかもしれない。

この鍮器は,食器や楽器に用いられる。農楽のクェングァリ(꽹과리)--金属製のタンバリンのような形をした鉦--がそうだ。

ソウルのヤンバン(양반 兩班)や官公庁が注文すると,満足のいく注文どおりのものをつくってくれたということに由来するらしい。この博物館のパンフレットによれば,次のような説明になる。

--안성에서 맞춘 유기는 장인정신과 뛰어난 솜씨로 정성껏 만들어 품질이나 모양 등 기교면에서 사람들의 마음을 만족시켰기에‘안성맞춤’의 대명사가 되었다.

また,あとで調べた『관용어사전(慣用語辞典)』(태학사)では,以下のようである。

--경기도 안성에 유기를 주문하여 만든 것과 같다는 데서,  조건이나 상황이 어떤 일에 딱 들어맞게  된 것을 비유적으로 이르는 말--

2008年2月14日 (木)

ナムサダン(남사당 男寺党)

28703 ☆ 韓国のサーカス

『韓国サーカスの生活史』の紹介を,新聞の書評で見かけた(朝日新聞2007/12/9橋爪紳也)。その中の次の2箇所が関心を引いた。

--儒教を重んじ,人の内面が大切と考える韓国社会では,日本よりも物を「所有」することへの執着心が薄く,「場所」への想いも乏しい。だからこそ韓国の人はしばしば移り住み,職場も移るのだと,著者はみる。

--20世紀前半,矢野サーカスなどが大陸に渡って興行を行った。その影響のもと,韓国にもサーカスと称する移動芸能集団が誕生した。一方で男寺党など伝統的な芸能集団は解散を余儀なくされていく。

「儒教」と「男寺党」という2つのキーワードが目に留まれば,これは読まないわけにはいかない。

著者は1994年に韓国のサーカスに入団し,95年にかけて約10ヶ月間にわたって移動生活を送る。そのときの聞き取り調査を基にした修士論文が土台になっている。貴重な記録であり読む値打ちはあるが,門外漢にとっては大学紀要を読むような何か場違いという印象も残る。書評ほどには要領よくはまとまっていないが,今後の出版計画を期待したい。

日本のサーカス団が朝鮮半島や大陸に進出していき,男寺党などの移動芸能集団が日帝の政策で弾圧され解散させられていったというのを読めば,またしても日帝か!という感慨が生じる。

この本で,ずっと気になっていた作家である桐山襲の『旅芸人』に言及しているのには驚いた。個人的な思い込みでは,桐山襲は趙世煕(조세희)の『こびとがうちあげた小さな球(난장이가 쏘아올린 작은 공)』に繋がっている。--20年ほど前に購入した本では난쟁이は난장이と表記されている。--

☆ ナムサダン(남사당 男寺党)

広大(광대 クワンデ)が定住者であるのに対して,男寺党は放浪芸人集団だといわれているようだ。女だけの寺党(サダン)が芸と春を売り,男だけの男寺党は芸と男色を売っていたというように書くと何とも厭味だ。

男寺党の出し物は,風物(풍물 プンムル=農楽눙악)・平鉢回し(버나 ポナ)・軽業(살판 サルパン)・綱渡り(어름 オルム)・仮面戯(덧뵈기 トッペギ)・人形劇(덜미 トルミ)の6種類である。南山コル韓屋マウルで見たときは,ダイジェスト版ではじめの4種類であったが堪能できた。

一番興味があるのは文句なしに農楽のテピョンソ(태평소 太平簫=호적 胡笛,別称ナルラリ 날라리)だ。チャルメラとも呼ばれるらしいが,全く同じかどうかは知らない。サムルノリのサムル(사물 四物)は字の通り4種の打楽器だが,それにテピョンソが加わると幅が広がるところがいい。

もう一度見たくて安城に行ったが,続きは次回。