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2009年4月 2日 (木)

チェクポルレ⑫ 光州Ⅴ

☆ 長井朝美『恨解(はんぷり)』(文芸社)

あの光州抗争の現場に日本人がいたという一見衝撃的な設定の小説である。どこまで事実に基づいているかはひとまず置いておく。フィクションと銘打っているから,たとえ全くの空想であろうと非難する理由にはならない。たとえば,山田風太郎の直系とも言える荒山徹の荒唐無稽さは,それも承知の上でのジャンルだから目くじらを立てることは全くない。

このブログでは,あらすじを紹介するというサービス精神は発揮しないことにしているが,今回は説明の都合上少しだけ触れることにする。
1979年,日本人の大学生・公平は,親元を離れて大阪で下宿している。同じアルバイトをしている光州出身の留学生・聖甫(성보 ソンボ)と知り合う。大学も同じだ。夏休みに聖甫が帰国している間に,その友人から韓国語を習い始める。
1980年5月,春休みに韓国に帰った聖甫が新学期になっても戻ってこないため,公平は観光ビザで光州へ行く。そして光州抗争に巻き込まれる。

☆ 疑問点
① タイトルについて
 まずタイトルだ。表紙は「恨解」と漢字書きで,右側にハングルで「한 풀이」,左側に平仮名で「はんぷり」とルビが振られている。背表紙では平仮名が上,ハングルが下になっている。
意味は「恨(한 ハン)」+「解く」という意味の動詞「풀다(プルダ)」の名詞形であり,「恨解き」と表されることも多い。まずこの「恨解」に違和感を覚えた。「解」という漢字を韓国語では「プリ」と発音(音読み)するのだと誤解を与えかねない。個人的な好みからいえば「恨プリ」かな。
目取真俊の作品集に『魂込め(まぶいぐみ)』(朝日新聞社)というのがある。この場合,「まぶい」という語が意味するものに「魂」という漢字をあてていることはうっすら分かるから,違和感の程度はこちらの方が弱い。韓国語の感嘆詞「アイゴー(아이고)」は漢字語ではなく,「哀号」は当て字に過ぎないことは比較的知られているかもしれないが,麗羅『山河哀号』(徳間文庫)となるとどちらを意識しているのか判断は難しい。

② 章立て
 4章に分けられているが,「1997年秋」はプロローグ,「1979年夏」は79年~80年の出来事,「1997年秋」に戻って,「1998年春」となるわけだが,1997年に設定した必然性が分からない。宋基淑の『光州の五月』も同じように1997年の現在と1979~1980年の出来事が絡み合って進行していく。しかしこの場合の1997年は,大統領選挙や全斗煥の赦免問題という必然性があるし,現在時に設定されている。『恨解』の場合は出版が2008年だから,あまりにも開きすぎていて必然性がなければ変だ。まさか『光州の五月』の体裁を拝借したわけではないだろう。
1980年当時幼かった秀賛(聖甫の友人東秀の息子)が,大学を出てサラリーマンになって日本にやってくるまでに経過した時間と,1998年に韓国へ一緒に行くことになる「長さん」の年齢(恐らく70歳以上と思われる)の設定の連立不等式しか理由を見出せない。

③ 主人公「公平」の語学力
 聖甫の友人に習い始めて1年にもならない公平が,光州で聖甫の通訳なしで話ができるのは驚く程の上達振りだ。しかも相手が大学生の場合は訛りの点がネックにはならないかも知れないが,市場のアジュンマとの会話や取り調べの場面での尋問・拷問の言葉まで聞き取れたのだろうか。それ以外にも,韓国語でやり取りしているとしか考えられない場面が多くあるが,聖甫に聞き返す場面の聞き取りの力から考えて,その語学力はかなり心許ない筈だ。
韓国語のカタカナ表記に何箇所か怪しげなところもあるが,それはあくまで作者の執筆時の韓国語の実力だろうから,登場人物の語学力とは無関係かもしれない。

④ 子供の名前 
 韓国での名前の付け方は,一族の何代目にどの文字を使うかが決まっていることが多い。これを行列字(항렬자 ハンニョルチャ)とか回し字(돌림자 トルリムチャ)と呼ぶ。従って,親の名前に因んで名付けるという方法は稀であるはずだ。金日成と金正日の場合,同じ「日」の字が使われているが,金日成の本名は金成柱らしいから問題はないかもしれない。金正日の3人の子供となると正男・正哲・正雲だから完全に従来の命名法を無視していることがはっきりしている。共和国では族譜(족보 チョクポ)もへったくれもないということなのだろう。
そうするとこの小説で,父親の名前が東秀(ドンス)で,その長男が秀賛(スチャン)次男がミンスと書かれているのが問題となる。ミンスの漢字が民秀ならまだ理解できるが,民主と表されている。これが誤記でなければ読み方はミンジュのはずだから明らかな勘違いと思われ,かなり混乱している。しかも,こういう名づけ方が,伝統的な命名法に合致しないことを承知の上で無視したということだろうか。弟については抗争後に誕生したから,怒りを込めて伝統を無視したと理解できるが,長男については説明できない。

(まだ終りそうにないから,一旦ここで切って続きは次回)

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