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韓国の歴史

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2009年4月

2009年4月20日 (月)

道しるべ

Logo このブログの各記事は固定リンクになっています。
しかし,特にYahoo!の検索でアクセスした場合,しばしばトップページが表示され,検索結果と一致しないようです。
例えば,パク・チョンヒョン(朴倧玄)に関しては,2008年8月『チェクポルレ② 新書2冊プラスワン』と2008年11月『さすが朝日新聞!』に,行列字(ハンニョルチャ)に関しては,2009年4月『チェクポルレ⑫ 光州Ⅴ』にそれぞれ記述があります。
また,左のサイドバーのウェブページにある『2008目次』あるいは『2009目次』には,各記事の小見出しとキーワードを載せているので参考になるでしょう。

右のサイドバーの下の方に「検索」があります。ここで,「このブログ内で検索」を選び,キーワードを入力すれば探すことも可能です。

あるいは,Googleで検索することをお勧めします。もちろん完璧ではないけれど,Yahoo!よりはずっとましでしょう。

2009年4月 6日 (月)

チェクポルレ⑬ 光州Ⅴその2

☆ 5.18光州民主化運動

プロローグで,十数年前からずっと悩まされている悪夢で目が覚め,汗びっしょりという描写などは,船戸与一のパクリかと思えるほど陳腐だ。目指しているものがエンターテインメントであろうと純文学であろうと,陳腐では致命的な弱点だろう。

その後の光州抗争の場面では,朴寛賢,尹詳源,金鍾培,金昌吉,許圭晶などの実在の人物が登場する。そして聖甫は学生収拾委員会の全南大代表5人の一人となっていて,公平は尹詳源のボディーガード役を任され,金鍾培の葬儀班に組み入れられる。聖甫の妹・珠姫は最も惨たらしい殺され方をして『五月の歌』のモチーフになったといわれる孫玉礼に擬せられている。その他有名な抗争の場面も取り入れられている。しかも公平は,尹詳源と聖甫が撃たれて死ぬ場面でも横にいたことになっている。

このように,各資料で描写されている抗争の進行の中にそれぞれの登場人物を嵌め込んでいて,まるで紙芝居のような展開である。そのため資料の各場面に記述のない部分を流れる時間の描写になると,とたんに密度が薄くなる。予備知識のない読者なら,よくここまで描けたと思うかもしれないが,鬼面人を驚かすの類だろう。ネタがばれてしまえばリアリティーが乏しいのに鼻白む。しかも,強制連行や浮島丸とおぼしき帰国船の沈没など,てんこ盛りの内容が余りにも話が出来過ぎの感がある。

☆ 「恨」と「恨プリ」

そもそも「恨(ハン)」は,日本人には極めて捉えにくい概念と思える。日本語の「恨み」とは異なると指摘され,田中明,古田博史,小倉紀蔵などを読んでもすっきり理解できたとはいい難い。粗野な野蛮人である日本人は敵討ちの形でS的に恨みを晴らそうとするのに対して,高尚な韓国人はひたすらM的に耐え,「恨プリ」によって更に精神的な高みに達すると主張したいのだろうと僻みっぽい捉え方で手を打っている代物だ。

さて,作者がこの小説で訴えたいものは何か? 聖甫を無理やりにでも日本に連れて帰ることができなくて,結局道庁の銃撃戦で死なせてしまう。それに対して公平は道庁で捕らえられるが,日本人だということから強制退去という形で生き残る。その生き残ったことの後ろめたさと,恋心を抱いた聖甫の妹が虐殺されたことに対する憤りを引きずってずっと苦しむ。これを「恨」と呼びたいのだろうか。民主化に向けて闘う韓国人の苦悩と比べれば,何と薄っぺらなと感じてしまう。「恨」が曖昧だから,「恨プリ」はさらに曖昧になって行く。
そうなってしまうと,この小説のテーマが根底から成り立たなくなるのではなかろか。

このように考えていくと,そもそも公平にとって光州抗争とは何だったのかが見えてこない。帯にもあるような「ふざけるな! 韓国人が韓国人殺して,どうすんだよ!」というような紋切り型の正義感の発露は,単なる傍観者から聞かされたくないだろう。それよりも,野次馬のような日本人がデモに加わり,火炎瓶を投げ,道庁の銃撃戦では銃を取り,戒厳軍の兵士を撃った可能性もある。そのような行動に走る充分な動機が不明である。
日本に帰国した後も,韓国の民主化運動に特別な関心を示したようには思えないし,友人たちの消息を知ろうと連絡を取ろうとしたふしもない。

☆ なぜ小説なのか?

光州抗争の現場に居合わせたという実体験を基にしているのなら,むしろノンフィクションとして発表すれば,それなりの価値があるように思う。その際,週刊誌的に「これが光州事件の真相だ! 日本人の衝撃の証言!」というようなセンセーショナルな売り方をする必要はないが,地道な資料を添えたものであればそれなりに評価されるだろう。今までのところ,日本人が現場に居合わせたという資料は発表されていないようだから。

また帰国後に,日本や韓国の公安による監視・尾行など具体的なものがあれば一層よい。つまりノンフィクションなら,悪夢にうなされるだけでは不十分で,嫌がらせ・脅迫・身の危険というような現実の記述がないことには成り立たない。韓国で軍に捕まったとき日本の記者が写真を撮ったことになっているから,実体験に基づくものであればその写真が極めて有力な証拠となる。その記者を探し出すことも困難ではないだろう。それよりも,行動を共にした韓国人の証言が得られるはずだ。
ただし,たとえ証明されたとしても,所詮韓国の民主化運動に寄与したわけでもないから,歴史的な重要さは限定的にとどまるだろう。

当時朝日新聞記者・斉藤忠臣と写真部記者・青井捷夫が現場で取材していたそうだ。そのときの模様は,斉藤の以下の講演で読むことができる。
http://homepage2.nifty.com/hikaku-kyoto/kousyuu_jiken080926.pdf

このままの小説という体裁では,考える材料は得られるものの,心を打つ作品とは言い難いという印象だ。むしろ,このブログで展開した疑問点や批判の妥当性を検証するために読んで,コメントを書いてもらえるのなら大歓迎。そういう意味でなら一読を勧める。

2009年4月 2日 (木)

チェクポルレ⑫ 光州Ⅴ

☆ 長井朝美『恨解(はんぷり)』(文芸社)

あの光州抗争の現場に日本人がいたという一見衝撃的な設定の小説である。どこまで事実に基づいているかはひとまず置いておく。フィクションと銘打っているから,たとえ全くの空想であろうと非難する理由にはならない。たとえば,山田風太郎の直系とも言える荒山徹の荒唐無稽さは,それも承知の上でのジャンルだから目くじらを立てることは全くない。

このブログでは,あらすじを紹介するというサービス精神は発揮しないことにしているが,今回は説明の都合上少しだけ触れることにする。
1979年,日本人の大学生・公平は,親元を離れて大阪で下宿している。同じアルバイトをしている光州出身の留学生・聖甫(성보 ソンボ)と知り合う。大学も同じだ。夏休みに聖甫が帰国している間に,その友人から韓国語を習い始める。
1980年5月,春休みに韓国に帰った聖甫が新学期になっても戻ってこないため,公平は観光ビザで光州へ行く。そして光州抗争に巻き込まれる。

☆ 疑問点
① タイトルについて
 まずタイトルだ。表紙は「恨解」と漢字書きで,右側にハングルで「한 풀이」,左側に平仮名で「はんぷり」とルビが振られている。背表紙では平仮名が上,ハングルが下になっている。
意味は「恨(한 ハン)」+「解く」という意味の動詞「풀다(プルダ)」の名詞形であり,「恨解き」と表されることも多い。まずこの「恨解」に違和感を覚えた。「解」という漢字を韓国語では「プリ」と発音(音読み)するのだと誤解を与えかねない。個人的な好みからいえば「恨プリ」かな。
目取真俊の作品集に『魂込め(まぶいぐみ)』(朝日新聞社)というのがある。この場合,「まぶい」という語が意味するものに「魂」という漢字をあてていることはうっすら分かるから,違和感の程度はこちらの方が弱い。韓国語の感嘆詞「アイゴー(아이고)」は漢字語ではなく,「哀号」は当て字に過ぎないことは比較的知られているかもしれないが,麗羅『山河哀号』(徳間文庫)となるとどちらを意識しているのか判断は難しい。

② 章立て
 4章に分けられているが,「1997年秋」はプロローグ,「1979年夏」は79年~80年の出来事,「1997年秋」に戻って,「1998年春」となるわけだが,1997年に設定した必然性が分からない。宋基淑の『光州の五月』も同じように1997年の現在と1979~1980年の出来事が絡み合って進行していく。しかしこの場合の1997年は,大統領選挙や全斗煥の赦免問題という必然性があるし,現在時に設定されている。『恨解』の場合は出版が2008年だから,あまりにも開きすぎていて必然性がなければ変だ。まさか『光州の五月』の体裁を拝借したわけではないだろう。
1980年当時幼かった秀賛(聖甫の友人東秀の息子)が,大学を出てサラリーマンになって日本にやってくるまでに経過した時間と,1998年に韓国へ一緒に行くことになる「長さん」の年齢(恐らく70歳以上と思われる)の設定の連立不等式しか理由を見出せない。

③ 主人公「公平」の語学力
 聖甫の友人に習い始めて1年にもならない公平が,光州で聖甫の通訳なしで話ができるのは驚く程の上達振りだ。しかも相手が大学生の場合は訛りの点がネックにはならないかも知れないが,市場のアジュンマとの会話や取り調べの場面での尋問・拷問の言葉まで聞き取れたのだろうか。それ以外にも,韓国語でやり取りしているとしか考えられない場面が多くあるが,聖甫に聞き返す場面の聞き取りの力から考えて,その語学力はかなり心許ない筈だ。
韓国語のカタカナ表記に何箇所か怪しげなところもあるが,それはあくまで作者の執筆時の韓国語の実力だろうから,登場人物の語学力とは無関係かもしれない。

④ 子供の名前 
 韓国での名前の付け方は,一族の何代目にどの文字を使うかが決まっていることが多い。これを行列字(항렬자 ハンニョルチャ)とか回し字(돌림자 トルリムチャ)と呼ぶ。従って,親の名前に因んで名付けるという方法は稀であるはずだ。金日成と金正日の場合,同じ「日」の字が使われているが,金日成の本名は金成柱らしいから問題はないかもしれない。金正日の3人の子供となると正男・正哲・正雲だから完全に従来の命名法を無視していることがはっきりしている。共和国では族譜(족보 チョクポ)もへったくれもないということなのだろう。
そうするとこの小説で,父親の名前が東秀(ドンス)で,その長男が秀賛(スチャン)次男がミンスと書かれているのが問題となる。ミンスの漢字が民秀ならまだ理解できるが,民主と表されている。これが誤記でなければ読み方はミンジュのはずだから明らかな勘違いと思われ,かなり混乱している。しかも,こういう名づけ方が,伝統的な命名法に合致しないことを承知の上で無視したということだろうか。弟については抗争後に誕生したから,怒りを込めて伝統を無視したと理解できるが,長男については説明できない。

(まだ終りそうにないから,一旦ここで切って続きは次回)

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