チェクポルレ④ 金素雲-速報-
☆ 金素雲訳編『朝鮮詩集』(岩波文庫)
前回(チェクポルレ③)は,金素月の『つつじの花』がメインであったが,その際岩波文庫版『朝鮮詩集』を読み返してみた。そして,白石(백석 ペク・ソク)の『狐谷の種族(여우난 곬족)』が印象に残った。
これは,坂本遼の詩集『たんぽぽ』や片岡文雄の『イヌノフグリ』或いは高木恭造の『まるめろ』等を好む傾向と通底するのだろう。
☆ 金素雲のエッセイ
いま手許にある金素雲のエッセイ集は次の3冊。
『こころの壁』(サイマル出版会)
『霧が晴れる日』(サイマル出版会)
『天の涯に生くるとも』(新潮社)
これらを読み返しているが,じっくり取り組むことになりそうなので,とりあえず現時点で強烈に印象に残った文を少し長いが引用しておく。
-- 安倍能成氏や,浅川伯教氏や,或は柳宗悦氏たちのように,朝鮮を愛し知ることに於て自他共に許す博識の人はたくさんいます。しかしながら彼らは朝鮮の風物を愛し,陶磁器や建築を愛しても,生きた人間の歴史を愛したわけではありません。私の同胞の中にも,いまもってこれらの人々の朝鮮への愛情を信じ,心からの尊敬を寄せている人がいます。嗤(わら)うべき錯覚というものです。--
このように歯に衣着せず言い放つところが,金素雲の真骨頂といえよう。問題は,日本人の立場でこれらの人々をどのように評価するかというときに,このような視点が入ってくるのかという点だろう。時代的な制約という言い訳に寄りかかって,せめて一部でも良質な人間がいたと縋り付きたいのが人情ではあるが,それも承知で冷たく突き放す金素雲。
一つ気になるのは,伯教の弟である淺川巧が含まれていないことである。それほど重要な人物と思わなかったか,或いは「生きた人間の歴史を愛した」と認めて除外したのか。後者であれば,他の3人との違いは,朝鮮語を操れたかどうかがポイントの一つになるのかとも考えられるが,今後の課題としてボチボチ考えて行きたい。
☆ 淺川巧
昨年,忘憂里(망우리 マンウリ)共同墓地(공동묘지)にある淺川巧の墓を訪れた。この墓地にある唯一の日本人の墓だそうだ。火葬と土葬の違いも当然影響はしているだろうが,京都の大谷廟などとは全く趣が異なり,広々としている。ここには,『ニムの沈黙(님의 침묵)』の韓龍雲(한용운 ハン・ヨンウン)の墓などもあり,こういう所に出かけるのも収穫にはなった。
そして,淺川巧の墓碑には次のように記されている。
한국의 산과 민예를 사랑하고 한국인의 마음속에 살다간 일본인 여기 한국의 흙이 되다.
(韓国の山と民芸を愛して韓国人の胸中に生きた日本人ここに韓国の土になる。)
淺川巧が研究の対象とした膳が,梨花女子大の博物館に収蔵されているとのことで,見学に行った。しかし,大学が改修工事中だったこともあるのか,全く跡形もなく無駄足だった。


























最近のコメント